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札幌地方裁判所 平成2年(行ウ)14号 判決

原告

甲藤乙平

右訴訟代理人弁護士

山田廣

池田謙一

被告

北海道郵政局長戸澤弘男

被告

右代表者法務大臣

三ケ月章

被告両名指定代理人

栂村明剛

橋元光司

久埜彰

中添稔

吉川功

村瀬信次

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告北海道郵政局長(以下「郵政局長」という。)が平成元年三月一〇日付けで原告に対してした国家公務員法(以下「国公法」という。)八二条各号による懲戒免職処分を取り消す。

二  被告国は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成元年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、職務上自己が保管していた郵便切手類販売代金を横領したとして、被告郵政局長が平成元年三月一〇日付けで原告を懲戒免職に付した処分について、原告が、前提事実の重大な事実誤認等を理由として被告郵政局長に対しその取消しを求めるとともに、右違法な行政処分によって精神的苦痛を受けたとして被告国に対し国家賠償法一条により損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  当事者の地位等

原告は、昭和三三年二月二六日、札幌中央郵便局貯金課に勤務したのをはじめ、郵政事務官として、同局庶務課、同局第一集配課主任、札幌白石郵便局第二集配課主事、札幌中央郵便局窓口集配部第二集配課主事などを経て、昭和六二年四月一日から函館北郵便局(以下「函館北局」という。)の第一集配課(以下「第一集配課」という。)課長代理の役職について同局に勤務していた。

2  原告の職務

函館北局において、原告は、第一集配課の課長を補佐し、同課の集配計画事務を行うかたわら、局外販売取りまとめ主任(以下「取りまとめ主任」という。)として、同課の切手類の局外販売職員(以下「外務員」という。)の扱う郵便切手類(以下「切手類」という。)の取りまとめ等の職務を担当した。取りまとめ主任の主たる事務は、外務員に対し切手類を交付し、外務員が販売先から得た販売代金を受領して取りまとめ、本局出納官吏に払い込むことであった。

3  本件処分等

(一) 被告郵政局長は、平成元年三月一〇日、別紙「処分理由書」記載の事実を理由として、原告に対し、国公法八二条各号に基づき懲戒免職処分(以下「本件処分」という。)をした。

(二) 原告は、本件処分を不服として、同年五月一日、人事院総裁に対し、国公法九〇条及び人事院規則一三―一に基づき、審査請求の申立てをした。

しかし、人事院総裁は、平成二年一二月一一日、本件処分を承認する旨の判定をした。

4  本件処分は、新聞にも報道されている。

二  本件の争点

本件の主たる争点は、本件処分について、処分事由たる事実(本件処分の理由となった国公法八二条各号に該当する非違行為事実、以下「本件事実」という。)の不特定等の手続上の違法事由又は処分の前提事実の重大な事実誤認という違法事由が存在するか否かである。

1  手続上の瑕疵

(原告の主張)

(一) 処分事由の不特定

本件処分は、処分事由である原告の横領事実(本件事実)がそもそも不特定、不明確であるから、処分理由を欠く違法なものである。

すなわち、別紙処分理由書記載の事実は、横領行為の日時、回数、金額等が特定されておらず、その有無を審議するに足る程度の具体性を備えていない。本件処分は刑事罰と同様、懲戒権の行使として公務員の身分を喪失させるという重大な不利益処分であるから、処分事由である各横領行為は、刑事訴訟手続におけると同様、具体的に特定されなければならない。したがって、処分事由としての特定を欠く本件処分手続には重大な瑕疵があるというべきであり、ひいては、かかる特定を欠く本件事実は、国公法八二条各号に該当する違法行為事実に当たらず、処分理由自体が存在しないというべきである。

(二) 処分事由の認定方法の瑕疵

本件処分事由の認定の根拠となった証拠は、原告の自白以外には存在しない。しかし、懲戒処分事由の認定手続においては原則として刑事訴訟に準じた適正手続が保障されるべきであるから、これに反し、自白のみによる認定に基づく本件処分には、手続上重大な瑕疵がある。

(被告らの主張)

(一) 国公法に基づく懲戒処分は、国民全体の奉仕者である公務員関係の秩序及び職場秩序を維持するため、国家公務員の義務違反その他の非違行為について、任命権者が使用者としての立場において、一定の制裁を科する行政処分であり、その判断は基本的に懲戒権者の裁量に委ねられている。そして、懲戒処分が、その対象者に対する不利益処分であることは否定できないが、その制裁の範囲は、公務員としての身分に伴う利益の全部又は一部の剥奪にとどまるのであって、刑事罰とは、その目的、性質及び内容をまったく異にするものである。刑事罰は、一般社会法益の侵害に対し、一般統治権に基づいて科される制裁であって、その内容も死刑、懲役、罰金等広い範囲にわたり、その捜査の面についても、捜査機関が強力な国家権力を用いてこれを行うことから、犯罪事実の認定手続について特に厳格な定めがなされているものである。したがって、懲戒処分の非違行為の認定においても、刑事裁判の場合と同程度まで非違事実を特定し、これについて同程度の心証を形成すべきこと及び事実認定について自白法則を含む刑事訴訟上の証拠法則を適用すべきであるとの見解は、両者の差異を無視するものであって、正当ではない。

(二) のみならず、被告郵政局長は、郵政監察官による総合考査時に判明した原告の保管にかかる郵便切手類と販売代金額との不符合の事実に加えて、その事態に対する原告の対応の仕方及びその供述並びに関係者らの供述等に基づいて本件事実を認定したのであり、原告の自白のみによって本件処分を行ったのではない。

2  重大な事実誤認(原告の主張)

原告が本件事実である横領行為を行ったことはない。したがって、本件処分は、その要件の存否の認定の前提たる重要な事実に誤認があり、事実の基礎を欠くものであるから、重大かつ明白な瑕疵があって取り消されるべきである。

(一) 原告が取りまとめ主任として、保管責任を負う郵便切手類と販売代金額との間に不符合が生じたことはあるが、これは原告の横領行為によって生じたものではない。

原告は、第一集配課における取りまとめ主任としての職務を行うに当たって、保管中の郵便切手類と販売代金を便宜的に他の立替えの用に供するなど、以下の(1)から(5)のような各種の便宜的な扱いをしていた。その便宜的な作業又は外務員との切手類の販売代金の授受等の際に、誤算、取扱上の齟齬が生じ、郵便切手類と販売代金額の不符合が生じたにすぎない。

(1) 正規の切手類の仮出請求手続を経る時間がない場合などに、切手箱に保管中の現金を流用して、窓口で必要な切手類を購入した。

(2) 切手箱に保管中の現金を流用して外務員に釣銭を交付した。

(3) 顧客に切手類を掛売りした。

(4) 電子郵便の引受代金の集金が遅れたときに、一時的に切手箱に保管中の現金を流用して右代金を立替えた。

(5) 切手箱に保管中の現金を流用して小包取次所に対する小包保管料の立替払いを行った。

(二) 本件事実について、具体的な横領行為を認定するに足りるだけの証拠はなく、漠然とした横領行為について原告の自白があるのみである。この自白は、原告が、欠損金の発生について、保管責任が自分にあることから、強く責任を感じ、他に迷惑をかけたくないとの思いに、取調官による誤導や強い誘導を受けて行ったものであり、真実に反する。また、自白を補強する証拠も実質的な証明力はない。特に、本件犯行の動機に関する客観的な証拠は全くない。この点に関する(証拠略)(原告の小遣い銭の一か月の平均使用状況一覧表)は、取調官の誤導、誘導によるもので、真実ではなく、裏付けもされていない。

3  違法行為及び原告の損害の発生(原告の主張)

原告は、違法な本件処分により、その職を失い、これが横領による懲戒免職として新聞報道されたために、多大な精神的苦痛をこうむった。これを慰藉するには、一〇〇〇万円が相当である。

第三争点に対する判断

一  争点1(手続上の瑕疵)について

1  原告は、本件事実における横領行為が特定されていないと主張し、本件事実が、別紙処分理由書記載のとおりであり、ひとつを除いては、各横領行為の日時等が特定されていないことは原告の主張するとおりである。

ところで、国公法は、八九条において、「職員に対し、処分の際、処分の事由を記載した説明書を交付しなければならない。」と規定するのみで、説明書における処分事由の記載の内容及び程度等について規定するところがない。しかし、懲戒処分が公務員としての身分の喪失を含む重大な不利益処分であることからすると、処分説明書には、少なくとも処分の根拠となる法条とこれに該当する事実(非違行為)の記載を要することはもとより当然である。そして、非違行為は、行為主体(被処分者)、行為の時期、態様及び方法等を記載して明示されるべきであり、その記載の程度は、できるかぎり非違行為の存在したことを客観的に保障するに足りるものであって、懲戒権者の選択した処分の種類及び程度を合理的に理由付けるものでなければならず、またこれで足りるというべきである。

原告に対する処分説明書によると、本件事実においては、非違行為の主体とされた原告の横領行為のおおむねの回数及び期間は明示されているし、行為の場所はいずれも函館北局、横領の対象は、原告が取りまとめ主任として保管する郵便切手類の販売代金(現金)、態様は、正規計理前における着服であるとされ、横領総額と発覚時の未補填横領額もそれぞれ明示又は黙示されている。

後に述べるとおり、原告による各横領行為の日時、各横領金額の記載のないことは、原告を含む函館北局職員による便宜的な事務処理のため、関係記録が存在しないことによると認められるから、被告郵政局長がこれらを明示しえないことには、相応の理由があるというべきである。

そのうえ、右の程度の非違行為の記載があれば、国公法八二条所定の各処分事由に該当する事実が客観的に存在したかどうかの判断及び懲戒処分の種類及び程度を決定するのに充分であり、かつ、二重処分のおそれがあるなどの特段の事情があるとも認められない本件においては、人事院に対する不服申立てや司法審査の手続において、原告の防御上の不利益も認められず、審査対象が不明確となるおそれもないというべきである。

したがって、本件事実において各横領行為の特定がないとはいえず、ひいては処分理由自体もないとの原告の主張は採用することはできない。

2  原告は、本件事実の認定が原告のいわゆる自白のみによるから、本件処分は重大な瑕疵があると主張する。

しかし、後に認定するとおり、平成元年二月七日から九日にかけての総合考査において、原告が職務上保管していた郵便切手類の額とその販売代金額が符合しなかったことがまず判明し、これが非違行為の調査の端緒となり、最終的には、切手類及び切手箱内の現金が物的証拠として、原告の供述を客観的に補強したこと、このほかに函館北局における各種帳簿の記載等、その職員及びその他一般顧客に対する事情聴取等に基づいて本件事実が確定されたことが認められる。

したがって、まず、本件事実が原告のいわゆる自白のみによって認定されたとはいえない。また、一般に、懲戒処分手続における処分事由の認定に当たって、原告の主張するような、刑事訴訟における証拠法則の適用があるとの見解も採用することはできない。

いずれにしても、この点に関する原告の主張も採用しない。

二  争点2(重大な事実誤認)について

1  本件処分から本訴に至るまでの経過事実の認定

証拠(〈証拠・人証略〉)並びに弁論の全趣旨によれば、本件処分の経緯及びこれに対する原告の不服申立ての経緯について、次の事実が認められる。

(一) 函館北局における局外販売用切手類の取扱状況

(1) 原告の取扱事務

原告は、取りまとめ主任として、本件処分当時、郵便切手類、年賀葉書等を含む郵便葉書類、収入印紙(以下、これらを合わせて「切手類」という。)の局外販売、電子郵便の局外引受けなどの事務を担当していた。

(2) 切手類の局外販売の正規の取扱手続

切手類の局外販売は、課内の外務員が配達担当地区内の顧客から注文を受けた場合に、注文者に対し、配達時に切手類を持参して売却する制度である。原告は、分任切手類官吏官(函館北局局長)から切手類の交付を受け、これを課内の外務員に交付し、外務員が注文者から受領した販売代金を取りまとめ、同局出納官吏(同局貯金課主事)に払い込む事務を担当していた。右事務の取扱手続については郵業第二七二五号通達「局外における切手類の販売に関する取扱手続について」(〈証拠略〉)等により、切手類の管理については郵政事業特別会計規程(〈証拠略〉)等により規定されている。これに基づく函館北局における右事務の正規の取扱手続及び切手類の管理方法は次のとおりであった。

〈1〉 取りまとめ主任と外務員との間の切手類等の授受

取りまとめ主任は、切手類の注文を受けると、その管理する切手類からこれを準備し、注文者の所在する地区の配達を担当する外務員が配達業務に出る際に、これを交付し、切手類、印紙注文受書兼授受簿(以下「授受簿」という。)に注文を受けた切手類の種類、枚数、金額を記入して、右外務員から受理印を徴する。また、外務員が釣銭を必要とするときには、局外切手類・現金授受簿に記載して出納官から交付を受けて、外務員に交付する。

外務員は、切手類を代金と引換えで販売し、受領した代金を取りまとめ主任に返納する。取りまとめ主任は、授受簿の外務員の受領印の横に、代金受領済みであることを示すレ印を施す。注文者に代金の用意がない場合には、外務員は切手類を持ち戻り、授受簿にその旨記載の上、一旦切手類を切手箱に戻し、後日改めて販売する。

〈2〉 取りまとめ主任と分任切手類管理官との間の切手類等の授受

第一集配課では、かつては、切手類の注文を受けた際には、取りまとめ主任がその都度これを分任切手類管理官に請求して臨時交付を受け、外務員に交付して注文者に販売する方法を採っていた。しかし、切手類の授受事務が月に二〇〇回にも上り、煩瑣であったことから、昭和六三年三月一日以降、局外販売用切手類の常備額制(以下「常備額制」という。)が導入された。これは、取りまとめ主任が同局の分任切手類管理官から常時一定額の切手類の交付を受けて管理する制度で、第一集配課では、原告が合計八〇万円の切手類を管理することとなった。常備額制度の下においても、取りまとめ主任と外務員との間の切手類の授受の方法に変更はないが、取りまとめ主任は、その都度分任切手類管理官から臨時交付を受けることなく自己の管理下にある切手類を外務員に交付する。また、毎日一定時刻に同日の販売分に見合う切手類について、まとめて局外切手類補充請求書を作成し、取りまとめ主任の現金出納簿から出納官吏に対してその代金を払い込んで補充請求書に現金受領印の押印を受けた後、これを分任切手類管理官に提出して請求し、常備額分の切手類を補充する。

〈3〉 切手類の仮出し

顧客から取りまとめ主任の保管する常備額を超える切手類や保管していない種類の切手類の注文があった場合などには、取りまとめ主任は、分任切手類管理官から常備額とは別に臨時に切手類の交付を受けることができる(切手類の仮出し)。仮出しによる切手類の販売代金は、次の補充請求の際に補充請求書の仮出分欄に種類、金額等を記載の上、出納官吏に払い込む。

(3) 電子郵便の局外引受事務

電子郵便の局外引受けとは、局外の顧客の注文を受けて電子郵便の発信処理を行う制度である。その注文を受けると、電子郵便の例文指定の場合は取りまとめ主任が電子郵便発信紙を作成し、それ以外の場合は顧客にこれを作成させてその交付を受け、取りまとめ主任がこれに料金別納の判を押した上郵便課に引き渡すと、同課でこれに基づいて発信処理がなされる。料金は、原則として電子郵便発信紙の受領と同時に顧客から受領し、これと引換えに複写式二枚綴りの共通預り証の一枚が領収書として顧客に交付される。取りまとめ主任は、外務員から代金と共通預り証の原票を受領し、共通預り証記載の金額と代金額を照合の上、代金は一旦切手箱に入れてこれを保管する。出納官吏に対しては、取りまとめ主任が一日分の代金合計を原票で集計の上、現金出納簿に電子郵便代金として記入の上、右出納簿を提出して、代金合計額を払い込むこととされていた。

(4) 小包郵便物の受入れ及び保管料請求事務の取扱

第一集配課は、小包取次所(以下「取次所」という。)に差し出された小包郵便物(以下「小包」という。)の担当課として、小包の受入れ及び取次所に対する保管料の請求関係の事務を取り扱っており、原告がこれを担当していた。

小包のうち書留又は代金引換としないものについては、郵便規則(昭和二二年一二月二九日逓信省令)により、郵便物の集配事務を取り扱う郵便局(以下「集配郵便局」という。)の長が指定した差出し場所(小包取次所)に差し出すことができるものとされている。この取扱については北海道郵政局郵務部長通達「昭和六二年度小包取次所の拡大について」により規定されている。これによれば、集配郵便局長との間で小包郵便物の差出場所の提供に関する契約を締結した取次所の受託者は、顧客から差し出された小包の保管及び集配郵便局への引渡業務を行い、集配郵便局から保管料として小包一個につき一〇〇円を受領することとされている。手続は次のとおりであった。

受託者は引き受けた小包を集配郵便局の取集担当者に引き渡すが、その際、受託者及び取集担当者双方立会いの上、受託者の保管に係る小包郵便物保管記録簿兼保管料請求書(以下「保管料請求書」という。)に保管個数を記載し、取集担当者の受領印を押印して受託者に交付し、合わせて、取集担当者の小包郵便物取集簿(以下「取集簿」という。)に小包取次所名、小包の個数を記入して受託者の確認印を徴する。受託者が、一か月毎に保管料請求書を集配郵便局の集配担当課に提出すると、同課では取集簿と照合の上、保管料請求書を会計担当課に提出する。会計担当課は、支出決議の上、歳出金支払証票及び歳出金支払通知書(兼領収証書)を発行し、歳出金支払証票は指定払渡郵便局宛てに、歳出金支払通知書は受託者宛てに、それぞれ送付する。受託者が、右歳出金支払通知書に記名、押印の上指定払渡郵便局に提示すると、同局では右通知書と集配郵便局から送付を受けた歳出金支払証票とを照合の上、右通知書に記載された金額の小包保管料を受託者に支払う。

(5) 各事務の便宜的な取扱の内容

しかし、函館北局では、原告が取りまとめ主任に就任した後、右の正規の取扱とは別に、次のような便宜的取扱を行うようになった。

〈1〉 切手類の局外販売における切手類の補充請求について

前記のとおり、一日の間に販売された切手類については同日中に集計して販売分について補充請求を行い、常に常備額に満つる切手類を確保しておくべきであったが、集計をなすべき時刻に外務員が帰局していない場合があったり、事務手続が煩瑣であったことなどから、実際には二、三日に一回まとめて補充請求をしていた。

また、補充請求額についても、外務員との切手類の販売代金の授受の際に両替等が必要となることから、原告は、第一集配課非常勤職員で主にこれらの事務に当たっていた長内洋子(以下「長内」という。)に指示して、販売額全額ではなく、仮出しによる切手類の販売代金に優先的に充当した後、切手箱内に二万円程度の現金が残るように、二万円を控除した残額を販売量の多い切手の補充に充てる形で請求させていた。

〈2〉 切手類の局外販売における切手類の仮出し手続の省略等について

顧客から取りまとめ主任の保管する常備額を超える切手類や保管していない種類の切手類の注文があり、外務員が配達業務に出発するまでに仮出しの手続をとる時間的余裕がない場合などには、切手箱に保管中の現金を特に何らの払出しの手続や出納簿への記載のないまま窓口に持参して、不足分の切手類を購入し、これを正規の手続を経て外務員に交付した。

原告は、右事務も主に長内に行わせていたが、右のような緊急を要する事態は、月に一回あるか否かという程度であった。

〈3〉 小包郵便物の保管料の一時立替払いなどについて

小包保管料の支払は、前記のとおり、取次所の受託者が指定払渡郵便局に出向き、同所で行った請求に基づいてされる定めであったが、毎月の保管料額が低額であったこともあって、その労を厭う受託者が存在した。

そこで、原告は、郵政事業特別会計規程に定められた即時支払制度(前記支出決議後当該局の出納官吏から直接歳出金の支払を受け得る制度)を便宜的に運用することとし、本来出納官吏から現金の交付を受けることができるのは債権者である受託者に限られていたのに、まず受託者に対しては原告が切手箱に保管中の現金で右保管料を一時立替払いしてしまい、支出決議の後、会計担当課の係員が出納官吏から現金を受領する扱いに変更した。この取扱は次のとおりであった。

原告は、毎月初旬に取集簿により取次所ごとの毎月分の小包保管料を集計し、歳出金支払票及び歳出金支払済報告書兼領収証書に受託者名及び保管料金額を記入する。原告は、主として長内に指示して、同金額を記入し原告名義の押印のあるメモを右切手箱に入れ、切手箱内に保管中の現金から同額を取り出し、原告又は取集担当者が右現金を持参して受託者に保管料を支払う。受託者からは、保管料請求書とともに、歳出金支払済報告書兼領収証書に受託者の記名、押印の上、これを受領し、集配担当課から会計担当課へ、保管料請求書、歳出金支払票及び受託者の受領印のある歳出金支払済報告書兼領収証書を提出して同額の請求をする。会計担当課は、即時支払の支出決議を行い、同課の係員が歳出金支払票及び歳出金支払済報告書兼領収証書を出納官吏に提示し、出納官吏から同額の現金を受領する。現金が会計担当課係員から原告に交付され、原告は切手箱内のメモを破棄した上、現金を切手箱に戻す。

(6) 切手箱等の管理

切手箱の施錠、開錠等の基本的な管理は、原告の職務であったが、勤務時間中の金銭の出し入れ等は主に原告の指示を受けて長内がこれに当たり、原告らが不在の場合には第一集配課課長宮島具樹(以下「宮島課長」という。)がこれを行う場合もあったが、これら三名以外のものが切手箱を監督下に置くことはなかった。

(7) 監査等

局外販売用切手類は、取りまとめ主任が継続的かつ最善の注意を払って保管することとされ、取扱上の過誤や不正行為の防止のため、定期的に切手類の検査を行うこととされていた(昭和六一年八月一一日通達及び郵政事業特別会計規程)。

函館北局でも、規程に則り四半期に一回、同局長の委任を受けた検査員が局内検査を実施していたが、常備額制度の導入後は、必ずしも定められた現金及び仮出状況の確認が十分なされておらず、切手類の現金換算額及び保管されている現金の合計が、常備額である八〇万円を越えているか否かの確認がなされているに過ぎなかった。

また、原告は、函館北局防犯委員会の構成員の一人として北海道郵政局の防犯に関する方針やこれに基づく函館北局における取組方針を熟知し、第一集配課の毎月の防犯に関する具体的取組方策の企画、立案、同課における分科会の開催、防犯上の指導、教育等に当たるべき立場にある者であった。

(二) 本件処分に至る経緯

(1) 函館北局では、平成元年二月一日、第一・第二集配課合同の防犯分科会が開催され、総合考査(函館北局ではこれを「一般総合考査」と呼称していた。)の実施に備えてその対策等が話し合われた。

郵政事業では、公金その他の金銭の取扱を日常的な業務内容とし、金銭に対する廉潔性が重視されることから、金銭に関する不正行為の防止を目的として、郵政事業部門とは独立した郵政監察局が設置され、種々の監察業務に当たっている。総合考査は、監察業務の一環として郵便局等の業務運営等に対する一般的・総合的な調査を行うもので、通例、二年に一度程度の頻度で実施されていた。

函館北局では、前回の考査が実施された昭和六一年一〇月から二年を経過し、年末年始の繁忙期も過ぎて、近いうちに総合考査が実施されることが予想されたため、右分科会では、前回の総合考査での指示事項について改善がなされたかなどの事前点検項目が周知され、その点検、改善の準備がなされることとなった。

(2) これを受けて、原告は、そのころから業務の合間に自ら共通預り証等の点検を開始したが、前記のような便宜的な取扱のために切手類、現金ともに出入りが多いこともあって、正確な数字の突き合わせをすることはできなかった。

同年二月六日には、長内が切手箱の検査を実施し、常備額と仮出し額の合計金額と、切手箱に残っている切手類及び局外販売中の切手類を換算した金額及び切手箱に保管中の現金の合計金額とを照合したところ、約一三万円の不符合が生じていることが判明した。そこで、長内は、すぐに原告にそのことを報告したが、原告は、心配ないと述べるのみで、在局中の宮島課長に不符合のあることを報告することもなかった。原告は、そのあと、長内を退局させ、通常業務を終了した後一時間程度ひとりで金額の照合をしたが、結局確定的な金額は算出できないままであった。そのため、原告は、同日帰宅後、妻乙子に対し、特に理由を告げないまま、保管中の現金が足りなくなっているので翌七日午前中に現金一〇万円を函館北局まで届けて欲しいと頼んだ。

(3) 同月七日午前八時、北海道郵政監察局函館郵政監察室(以下「函館監察室」という。)の監察官添田豊(以下「添田監察官」という。)ら六名により、函館北局に対して抜き打ちの総合考査が実施された。集配部門については、北海道郵政監察局第二部第三課監察官補宮川一美(以下「宮川監察官補」という。)により、函館北局局長が取りまとめ主任に交付している切手類常備額と切手類仮出額の合計額が、当時保管中の切手類換算額及び切手類販売代金の合計額と合致するか否かの検査が行われた。

宮島課長が、右考査開始に当たり、原告に対し、第一集配課について不符合等の異常はないかとの再確認をしたところ、原告は、異常はないと答えた。しかし、検査の結果、第一集配課の原告保管の切手類等に一〇万円以上の不足額がありそうなことが判明し、宮川監察官補はその旨を原告に告知した。

原告は、同日午前一〇時三〇分ころ、函館北局において、原告の指示に従って一〇万円を持参した妻安子から、封筒入りの金員を受け取ったが、既に考査が開始されていたため、同日はその封筒をポケットに入れたままで、損失分を補填することができなかった。

このように不符合が判明し、検査が進められている状態であったにもかかわらず、原告は、夕方帰局した宮島課長から考査の状況について尋ねられた際、再度異常はないと虚偽の報告をし、同課長は午後六時ころ退局した。宮川監察官補は、同日午後五時ころ、添田監察官に対し右不符合を報告し、添田監察官から翌日再検査をするよう指示を受けた。

(4) 宮川監察官補は、翌八日午前八時三〇分ころ函館北局に赴き切手類の検査を再度実施した。宮島課長は、宮川監察官補からの告知によって、不符合の存在を初めて知り、原告に理由等を詰問したものの、原告からは明確な回答は得られなかった。宮島課長ら立会いの上、切手箱中の切手の残数、現金の金額、切手類仮出簿、切手類・印紙注文受書兼授受簿等の検査が再度行われ、その結果不符合の金額は一三万一〇五四円であることが判明した。この報告を受けて、添田監察官は、再度宮島課長らを立ち会わせたうえ、前記各帳簿等を再確認するとともに、切手類の現品亡失、切手類や販売代金の混入の有無を確認するため、室内の鉄庫等の検査を実施した。しかし、混入等は発見できず、現品については実際に存在する数と帳簿上の記載についても齟齬はなかった。この間、原告は、切手箱の保管責任者であるにもかかわらず自席に着いたままで調査に立ち会うこともなかった。

添田監察官は、不符合金額が確定したことから、宮島課長と原告の名義で不足金の確認書(〈証拠略〉)を作成させ、宮島課長らに鉄庫、個人の机等に切手類や現金が混入していないかどうか再度確認するよう指示した。そこで、宮島課長、長内、原告らは、同日退庁時間後、事務室内を再点検したが、結局不符合額相当の現金等を発見できなかった。その際、宮島課長が原告に対し、不符合が生じているのになぜ報告をしなかったなどと叱責したところ、原告は、自分が弁償すると述べて、その場で一〇万円入りの封筒を差し出した。宮島課長と原告は、不符合額に相当する現金を発見したように装うことにして、原告が用意しておいた現金一二万五〇〇〇円と宮島課長が出した一万円を合わせた一三万五〇〇〇円を二口に分け、九万円入りの事務用封筒を事務室内の鉄庫の最下段にある黒い菓子箱内に入れ、また、四万五〇〇〇円入りの封筒を電子郵便の文書綴りに挟んでこれを所定の場所に戻し、四万五〇〇〇円の方は四、五日後に発見されたように装うことにした。そうして、宮島課長は、同日のうちに、右の九万円がその日に発見されたとして、添田監察官に連絡した。

翌九日午前八時ころ、宮島課長が九万円の発見状況を説明の上、これを添田監察官に渡したところ、原告は、宮島課長との打合せに反して、四万五〇〇〇円入りの封筒を挟んだ電子郵便の綴りを、ここにもありましたと言って、添田監察官に渡した。

(5) 添田監察官は、その発見状況について疑問を持ったことから、同日午前八時三〇分ころ、同局内の会議室(考査室)において、原告に対する事情聴取を開始した。

原告は、当初、九万円については青函郵ペーンを四つの会社に一五〇セット売却した代金であり、四万五〇〇〇円については佐々木組という顧客から引き受けた電子郵便の代金であるなどと前日宮島課長らと打ち合わせた内容の弁解をしていた。しかし、右顧客からの集金代金には硬貨も含まれており、発見された現金とは金種の異なることが判明したため、原告は、添田監察官と一〇分間程やりとりをした後、同監察官に対し、発見された金員は穴埋めのために自分が入れておいた金であり、自分が切手箱から現金を小遣いとして借りたなどと述べるに至った。その際、原告は、切手箱で保管中の現金を正規の受入れ計理をなさずに私的に流用していたこと、その方法として金額を記入したメモを切手箱に入れ、長内に声をかけて現金を取り出す場合と、メモを作成せずそのまま取り出す場合があったとも供述した。添田監察官は、小森監察官に指示して長内から事情聴取させたところ、同女から、原告が金額を書いたメモを切手箱に入れてお金を取り出していたとの説明があったので、その後事情聴取場所を函館監察室に移すことにした。

同日の事情聴取は、午前一一時ころから午後六時ころまで行われた。途中、午後五時ころ、原告は、「現在の心境」と題する書面(〈証拠略〉)を作成し、「公共的な取扱代金を私用のため借用し、これを使った」こと、これは「日頃のルーズな金銭感覚と執務に対する欠如によるもので、深く反省している」などと自筆した。また、発見工作に使用した一三万五〇〇〇円の返還を受けた際の受領書(〈証拠略〉)にも、原告が「使ってしまったお金を補填するためかくして郵便局の鉄庫に封筒に入れ置いておいたお金」と記載した。

同日午後八時三〇分ころから、原告宅の家宅捜索が行われ、妻乙子はその際初めて原告が公金横領で事情聴取を受けているなどの事情を知った。原告は、同日午後一一時ころ帰宅したが、乙子が事情を尋ねるのに対し、自分が金庫の鍵を持っているから責任をとると述べるのみで、詳しい弁明はしなかった。

(6) その後、原告に対する事情聴取は、同月一三日まで継続して行われたが、原告は、その間一貫して切手箱の現金を私的に流用したことを認める供述をした。最初の流用については、昭和六三年一月二〇日に第一集配課の三つの班の新年会の際、各班に一万円ずつ寸志として渡したところ、財布の中の手持ち現金がほとんどなくなり、心許なくなったことから、切手箱から三万円を取り出して財布に入れたと述べた。昭和六三年一月ころ原告から三万円が各班の職員に交付されたことは、当時の各班の班長等に照会の上、確認された。また、最後の流用について、平成元年一月一〇日ころ、寒中葉書五〇枚を買ったため、財布に現金がほとんどなくなり、切手箱から二〇〇〇円を取り出したと述べた。

原告は、平成元年二月一三日、函館北局局長に対し始末書(〈証拠略〉)を提出したが、同書にも、「ルーズな金銭感覚と安易な気持ちから販売代金から現金を取り出し、これを小使い銭として使って」しまったこと、「昭和六三年一月二〇日ころから平成元年一月二〇日ころ」にかけて一回に「一〇〇〇円から三万円で約三二回、約二五万円を横領し」、お返ししていないものが「一三万一〇〇〇円になってしまった」こと、「公金を勝手に私用することは、今ながらとんでもないことをしてしまったと悔やんでおり深く反省しています」と記載した。

(7) また、同年二月一四日には、函館北局庶務会計課長及び第二集配課長による事情聴取が行われ、原告は、その際にも、流用した金員は、〈1〉昭和六三年一月第一集配課の各班で実施した新年会に対する寸志として三万円、〈2〉青函トンネル開通記念ゆうペーン販売、レタックス販売施策等で遅くまで残業した職員に、ジュースやパンを一回一〇〇〇円から二〇〇〇円程度で複数回買い与えた代金、〈3〉職員の冠婚葬祭の費用、〈4〉勤務で帰宅が遅くなり、妻が不在の場合の外食費等に使用したこと、当初は金額をメモして切手函に入れておき小遣いが入ったときに補填していたが、その後メモを入れずに現金を取り出すようになったこと、不符合金の端数五四円については横領したことはないこと、公金に対する感覚、金銭に対する感覚がルーズだったため、急に現金が必要となった際、自分の手元に現金がないと安易に切手箱の現金を流用してしまったと述べた。

(8) 原告は、平成元年一月一三日、北海道郵政監察局長に対し一三万一〇〇〇円を支払って、不足金を弁償し、同月一六日、函館北局局長に対し辞職願を提出した。

しかし、北海道郵政局長は、原告の辞職を認めず、同年三月一〇日、原告を本件処分に付した。

この間、同年三月一日には、本件は刑事事件として函館地方検察庁に送致されたが、同年四月一九日、起訴猶予処分で終了した。

(三) 本件処分後、不服申立て等の経緯

(1) 原告は、平成元年二月二七日から同年六月三〇日まで入院生活を送っていたが、見舞客や家族には、保管責任をとったとの説明をしていたことから、同人らに強く勧められ、同年五月一日、人事院総裁に対し、本件処分を不服として審査請求の申立てをした。

審査請求書(〈証拠略〉)において、原告は、横領行為を行ったことを否定し、監察官による事情聴取の際虚偽の供述をしたことについて、「郵政監察官からの調べを受けたり、自宅の捜索を受けたりして、事態の深刻さを痛感し、管理責任が自分にある以上は、欠損金を看過した過失は免れないと考え、処分は甘んじて受けようと決意するに至」り、「管理責任を一身に受け部下らにこれ以上迷惑がかからないようにとの気持ちから安易に」横領行為を認めるような供述をしてしまったと主張した。また、原告は、日頃飲み歩くこともなく、小遣いは一か月に通常八万円程度から、必要に応じ一〇万円程度まで妻から渡されていたから、小遣い銭欲しさに横領行為を行う動機がないなどと主張した。

(2) 原告の審査請求についての審理は、平成元年九月五日に第一回口頭審理が行われ、同日宮島課長の、翌六日には添田監察官の、七日には小森監察官及び原告の妻乙子の各証人尋問が、同月八日には原告の当事者尋問がそれぞれ実施され、原告が以前の供述を翻し、横領行為を否認するに至った経緯に関して添田監察官による事情聴取の状況について、また、原告の横領行為に至る動機の存否に関して原告の小遣い銭の額及びその使途等について、審理がなされた後、双方の最終陳述が行われ、口頭審理は終了した。

その後、右審査請求についての判定が出されないまま、不服申立から三か月以上が経過したため、原告は、平成二年八月三〇日、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。

その後、人事院は、同年一二月一一日、本件処分を承認する旨の判定を行った。

以上の各事実が認められる。

2  非違行為の認定

(一) 以上の各認定事実及び前掲各証拠を総合すると、平成元年二月七日の時点で、原告の保管する切手箱内の現金、切手類について、常備額と仮出額の合計額に対し、切手箱にある切手類、局外販売中の切手類の現金換算額と切手箱内の現金の合計金額が一三万一〇五四円もの不足を生じていた(以下「本件不符合」ともいう。)こと、局外販売の取引額(平成元年二月八日当時の金額は、〈証拠略〉記載のとおり)に照らし、一三万円以上もの本件不符合が事務取扱上の過誤や誤算等により生じた可能性は極めて低いこと、切手類の出入りについては現在数と帳簿との間に齟齬はなく、切手類の現品亡失等の余地はないこと、原告は長内から約一三万円の不符合があるとの報告を受けながら、上司の宮島課長に対して何らの報告もしなかったばかりか、同課長からの確認に対しても、宮川監察官補から不符合の告知を受けた後に至っても異常がないとの虚偽の回答をしたこと、平成元年二月六日長内の報告を受け、急遽、妻に対して翌七日の午前中に一〇万円の金員を用意するよう依頼したこと、妻から一〇万円を受領した時点では既に考査が開始されていたことから、不符合額を事前に補填することはできなかったものの、同月八日宮島課長に対して自分が弁償すると述べて一〇万円を差し出したこと、切手箱の管理に当たっていたのは、原告、長内、宮島課長の三名のみで、常時三名いずれかの監視下にある状態であったこと、原告は、添田監察官の事情聴取に対しては、当初事務取扱上の過誤を装っていたものの、開始後約一〇分程度で切手箱内の現金を私的に流用した旨自らの非違行為を認める供述をしたこと、その内容も、流用の初回については部下の新年会への寸志を支払って手持ちの現金に不足を来したため、三万円を使用したなど、具体的であって、寸志の交付の事実は部下の供述により確認がされたこと、その後供述を翻すまでの説明あるいは供述の内容は極めて一貫したものであったことなどの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) これらの事実を総合考慮すると、少なくとも、原告は、函館北局第一集配課課長代理として勤務し集配計画事務を担当していた当時の昭和六三年一月二〇日ころ、局外販売取りまとめ主任として自己の業務上の保管に係る郵便切手類販売代金三万円を正規に受入計理しないで横領したのをはじめとし、また平成元年一月一〇日ころ同様に切手類販売代金二〇〇〇円を横領したのを最後として、その間において、少なくとも一〇回以上にわたり郵便切手類販売代金約一三万一〇〇〇円以上を横領したことを認めることができ、以下に述べるとおり、この認定判断を動かすに足りる証拠はない。

3  事実認定についての補足

原告は、本件事実中の各横領行為の動機がなかったし、本件不符合の原因は、事務取扱上の過誤等、原告の横領以外の事由にあるとし、また当初添田監察官らに対してした、自らの横領行為を認める供述(以下「原告の当初の供述」という。)は虚偽であって、信用できないと主張するので、以下、順次これらについて検討する。

(一) 動機(原告の小遣いの不足の有無)について

証拠(〈証拠・人証略〉)によれば、原告が札幌に勤務していた当時は、原告及び妻乙子は、妻乙子において原告の給料等の収入及び支出のすべてを管理し、原告に対して妻乙子から小遣い等の必要費用を一か月単位で渡していたこと、しかし、原告の函館北局転勤後は、妻乙子の考えで、月二、三回に分けて、一回に二、三万円ずつの小遣いを原告に渡すように変わったこと、授受の仕方も、原告が小遣いに不足が生じたときに妻乙子に言って受け取ることもあったり、妻乙子が原告の財布の様子を見て補充するなど、様々となったことが認められる。

このような原告と妻乙子の家計管理の状況、小遣いの授受の仕方、妻乙子の居住の状況(本件処分の当時、妻乙子は一か月のうち一〇日程札幌市内の住居に戻っていたことが(人証略)の証言によって認められる。)及び原告と妻乙子との関係等に照らすと、原告が、当初、切手箱の現金を私的に流用する動機として、添田監察官らに対してした供述、すなわち、「小遣い銭に不足を来してきても、乙子に言いだしにくいことがあり、そのような場合に切手箱の現金を流用し、後に補充したりしていた。」旨の供述こそが真実に合致し、信用するに値するというべきである。

(人証略)は、原告の給料以外の収入もあり、夫婦のみの生活には余裕があったので、一か月当たり合計七万円から一〇万円は小遣いとして渡しており、原告が請求した場合にこれを拒んだことはなく、原告が小遣いに窮していたことはありえないと証言し、原告本人の供述にも、小遣いに窮したことはないとの部分がある。しかし、これらの供述は、前記認定の原告と妻乙子の家計管理の状況や小遣いの授受の仕方等に関連付けられたものではなくて、漠然と結論を述べたものにすぎないし、そのうえ金銭出納帳や家計簿等あるいは預貯金通帳、各種領収書等、原告または妻乙子が所持している客観的な資料に基づく具体的なものでもないから、それ自体信用性の低いものといわざるをえない。のみならず、特に、先に認定した小遣いの授受の仕方や妻乙子の居住の状況からすると、一時的にせよ、原告が一か月に何度か小遣いに不足を来すことが予想されるが、原告らの供述には、これらについて合理的な説明がまったくなく、核心部分においても首肯しうるものとは到底いえないものである。結局、先にした認定を左右するに足りないというほかない。

してみると、原告は、妻乙子から渡された小遣いに不足を生じ、あるいは生ずるような場合があって、これが切手箱の現金を使用する動機となったと認めるのが相当である。

(二) 本件不符合の原因(他原因の存在)について

(1) 原告は、函館北局では、当時、毎日五〇人の外務員と切手類及び販売代金を授受していたため、事務が輻輳していたほか、次の便宜的な扱いをしていたため、これらの事務取扱上の過誤が重なって、本件不符合が生じたと主張する。

〈1〉切手箱保管の現金を持参して窓口で切手類を購入する場合があった。

〈2〉外務員に対する釣銭交付について、正規の手続を経ることなく、切手箱保管の現金を交付した。

〈3〉顧客が注文した切手類の販売代金を用意していない場合に、外務員が掛売りをすることがあった。

〈4〉電子郵便の引受代金の集金が遅れた場合に、一時的に切手箱の現金でこれを立替える場合があった。

〈5〉取次所に支払う小包保管料について、正規の支払手続を経ずに、切手箱保管の現金で立替払いを行っていた。

(2) しかしながら、以下のとおり、原告の右主張も採用することができない。

すなわち、まず、切手類及び販売代金の授受に関しては、前記認定のとおり、その授受の際、授受簿に切手類の種類、枚数、金額等が記載され、販売代金の受入時に授受される代金額の確認とともに、右販売内容も再点検できる仕組みになっており、小額の計算間違いが発生する余地がないとはいえないとしても、それ以上にまとまった金額の齟齬が生じる余地はほとんどないということができる。

また、〈1〉の点については、前記認定のとおり、かかる取扱がなされることがあったものの、そのようなことは一か月に一度あるかないかであり、現金を持参して同額の切手類を窓口で購入し、これを授受簿等に記載の上すぐに外務員に交付するのであるから、事の性質上、過誤の生じる余地は少ないことが推認され、外務員からの販売代金の受入れの際、再点検が可能であることは通常の場合と同様であることなどからして、多額の過誤が生じる余地はほとんどないということができる。

〈2〉の点については、原告本人尋問の結果中にこれに沿う部分があるものの、後記のとおり不服申立後の原告の供述についてはこれを信用することができず、(人証略)によれば、外務員から釣銭の交付を要請されること自体、ほとんどなかったことが認められ、また、そもそも局外販売は、予め顧客の注文を受けた上切手類を持参して代金と引換えに現品を交付するものであって、顧客の側では代金を用意しているのが通常と考えられること、局外販売の取引状況(平成元年二月八日当時の金額は、〈証拠略〉のとおり)に照らし釣銭の交付を要求される頻度はそれほど多かったとは考えられないことなどに照らし、右取扱上の過誤が本件のような多額の不符合の原因となっていると認めることは困難である。

〈3〉の点については、前記認定のとおり、切手類の販売は代金と引換えになされるのが原則であり、顧客に代金の用意がない場合には、外務員は持戻しの手続をとることとなっている。したがって、右掛売り自体、実際に行われていたものと認めることはできないし、仮に便宜的にかかる取扱がなされることがあったとしても、切手類の授受については授受簿に記載され、代金の納入の有無について点検可能な仕組みとなっている以上、本件不足金の原因となるような取扱上の過誤が発生することは認めることはできない。

さらに、〈4〉の点については、前記認定のとおり、電子郵便の発信事務の仕組みからして、発信処理は郵便課への発信紙の提出のみで可能なのであるから、引受代金を立替払いする必要性があったかどうか疑わしいし、実際に原告がそのような立替払をしたことを認めるに足りる証拠はない。

〈5〉の点については、前記認定のとおり、実際にかかる便宜的な取扱がなされていたことはあるが、小包保管料の立替払いは一か月に一回であり、立替え期間も月初めの二、三日以内と短期間である上、(人証略)によれば、右現金の出し入れの事務を行っていたのは専ら同証人であり、現金を取り出す際に必ず金額を記載したメモを切手箱に入れておき、同金額を充当した際にこれを取り除くという扱いにしていたというのであるから、右充当を失念する可能性も低く、またその金額は(証拠略)によればせいぜい一万円程度であって、これについて本件のように多額の過誤が生じる可能性はほとんど認め難い。

以上のとおり、右のような事務の過程において、多少の過誤、誤算等が生じる可能性がまったくないと断定することはできないとしても、原告の主張するように、これらの事由のみで本件のような多額の不符合が生じたものとは到底認めることができない。

(三) 原告の当初の供述の信用性について

(1) 原告は、前記認定のとおり、不服申立の段階以後、それまで公金の私的流用を認めていた供述を全面的に翻し、右供述は職務上の責任感から虚偽の内容を述べたものであると主張する。

(2) しかしながら、不服申立後の供述は、原告の職務上の立場に鑑み、具体的かつ容易に指摘できるはずの不符合の原因や、強く印象に残っているはずの最初に長内から受けた不符合の報告の内容など、重要な部分について、供述が曖昧で、一貫性を欠いているといわざるをえない。これに対し、当初の供述は、前記認定のとおり、添田監察官による事情聴取の開始からわずか一〇分後に、私的流用を認める旨の供述をしたものであること、それ以前は前日の宮島課長との話し合いを踏まえて隠蔽工作を続けようとしていたから、右事情聴取を特に予期していた状況ではないにもかかわらず、その後の原告の供述は、流用の動機、方法等について具体的かつ終始一貫した内容であり、その一部である初回の流用の契機となった事実、流用の際金額を記載し原告の押印したメモを使用していたなどの点については、(人証略)らの供述により裏付けられていることが認められ、その信用性は高いと考えることができる。

(3) また、原告は当初虚偽の供述をした理由として、職務上の責任感を挙げているが、切手箱の保管という点で責任をとることと、横領行為という非違行為の責任とは、本質的に異なるのであって、原告主張の点は、原告が事実に反して私的流用を認める旨の供述をする理由にはなりえないものである。公金の私的流用は、刑事罰の対象ともなり、郵政事業における金銭に関する不正行為についての対応は、単なる管理責任の場合と異なり非常に厳しいものであることは、郵便局での勤務経験の長い原告としては十分に了知していたはずであって、真の理由が単なる管理責任であるにもかかわらず、これを越えて横領行為を認める内容で虚偽の供述をすることは、通常考えることができない。また、他にそのような供述をしなければならない特別の事情を認めるに足りる証拠もない。

(4) 確かに、原告の当初の供述内容についても、本件考査以前から切手箱の現金について不符合が生じていることを知りながら、またこれを補填する機会が十分にあったにもかかわらず、補填せずに本件処分に至っているなど、一見不自然な点がないわけではない。また、本件発覚後も、当初、宮島課長を庇って、同人が隠蔽工作に加巧していた事実を明らかにしなかった経緯などがあり、また、原告の勤務状態自体は真面目で、仕事熱心であったことも窺われる。

しかしながら、前記認定のとおり、原告は、取りまとめ主任に着任後、常備額制を前提として、原則として当日中に全額出納官吏に払い込むべき切手類の販売代金の一部を便宜上切手箱に残し、これを正規の受入れ等の手続を経ずに他の手続に流用する扱いを開始するなど、公金の出納管理の厳格かつ適正な運用については認識が不足していたことが窺われ、部内で行われていた検査が前記認定のような杜撰なもので、函館北局全体としても、かえってこのような取扱を許す体制になっていたことも、このような取扱を許しかかる認識不足の状態を助長していたものと考えられる。原告の事情聴取に当たった(人証略)は、原告の当初の供述状況についての印象として、事態の重大性についての認識が不足しているのではないかとの点を挙げており、原告本人としては、補填を前提とした単なる流用との意識しかなく、それほど深刻な認識を持っていなかったことが窺われる。かかる認識の甘さを前提とすると、事前に不符合の存在を知りながら補填が遅れたこともあながち不自然ではなく、前記のような複雑な流用を行っていたために、正確な現金不足額を確定するのに手間取ったことも、右原因として十分に考えることができる。

また、原告は、平成元年二月六日に長内からの報告を受けて一〇万円の現金を用意しているが、本来、切手箱の切手類と現金との間に不符合が生じていたとしても、それが切手類の不足によるのか、現金の不足によるのかは、不明なはずである。それにもかかわらず、原告が基本的に現金について不足が生じていることを前提とした対応をとっていることからしても、原告に現金の不足について心当たりがあったことが窺われる。

(5) 以上要するに、原告の当初の供述は、それがなされるに至った時期及び状況、内容並びに裏付資料等の点からして、信用性の高いものというべきであるし、先にも述べたような一見不自然に見える部分も、子細に検討すると、客観的な状況とほぼ過不足なく整合するものと認められ、さらに高い信用性を保障するものというべきである。

この点に関する原告の主張も採用の限りではない。

4  当裁判所の認定した非違行為と本件処分の効力

本件処分の処分理由とされた本件事実は、別紙処分理由書(略)記載のとおりであり、当裁判所が認定した非違行為は、回数、金額を縮小されており、具体的には、前記2(二)記載のとおりであるが、両者を比較すると明らかなように、対象事実が同一であり、本件処分の基礎となる事実に重大な事実誤認はないと考えるのが相当である。

なお、当裁判所が認定した非違行為において、先に述べた観点からして、本件処分を基礎付ける事実として特定に欠けるところはなく、本件処分の効力を否定すべき事由は見当たらない。

三  争点3(不法行為の成否)について

本件処分は、国公法に基づく適法なもので、これが不法行為に当たるとはいえないから、原告の被告国に対する不法行為に基づく損害賠償請求も失当である。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、すべて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大出晃之 裁判官 菅野博之 裁判官 手嶋あさみ)

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